読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異種格闘技5か月目の記録

Voice Actor

ずっとふわふわと二次元やアニメが好きだったジャニオタが、一人の声優さん、斉藤壮馬さんにドはまりしてから、5か月。にわかなりにやったことを数字で振り返ってみようと思います。なんせ、世界が違い過ぎてびっくりしています。

続きを読む

2016年に放置してたこと

CONCERT SZ MURMUR

どうしても年明けた実感がなくて、年明けてからもいつも通りの24時間ももう3回目を過ぎようとしていることにめちゃくちゃ違和感があります。というわけで、2016年に放置してきてしまった現場のダイジェスト的感想とか、諸々まとめです。

続きを読む

夏を知ること、恋を知ること。

SZ TV

何もかもが順風満帆なように見えるし、KAT-TUNは一度航海を止めて考えるチャンスをくれないし、こうなると本当に言葉に残すことがないなあと思いながらもう数ヶ月経ってしまった。

 

時かけの風磨くんは、浮遊感がある。

それははじめ、違和感だった。なんか...掴めない。深町翔平くんが。なんでだろうって考える。とても子供なような、時々大人のような。未羽がタイムリープできるって話になったときには隠すことなくヤバイよって顔する割に、そのリスクを真剣に説明する。恋に興味があるとぼんやり思い始めたと思ったらもう本を読んで真面目に勉強し、実践してる。男らしい告白なんかしちゃったりする。スイカのことを子供みたいに気に入って、かき氷が好き。お母さん(設定)とキスしたいなんてまだこちらの常識とは外れたことを言い出すくせに、僕のジュリエットになって下さいなんて響く告白ができる。ううん、わからない。ぼんやりとした形しか見えない。これは、この時代の誰でもない、何でもない、という存在をあえてこうして作ってるんだろうか。小説で言うところの「ぼんやり」設定に当てはまるのだろうか、と勘ぐりつつみてる。

 

ドラマ全体は、教室のテンプレ×人間関係のテンプレがあって安心する。

元気系女子、お色気系女子、お嬢様系女子。ガリ勉男子、さわやかスポーツマン。クラス内での役の重みで変わってくるのはわかるけど、基本的なカーストは埋まる。登場人物は出揃ってる。その中にいる深町くんもまた、浮遊してどこにも属しそうにない。また浮遊感だ。ただ教室の端から空間を眺めている。

 

誰にでもありそうな青春に見えて、実はどこにもない、「青春」の虚像。これを見た人は皆、人それぞれの記憶のかけらと結びつく、虚像のピンポイントな部分を拾うことで青春を感じる。こう考えると、またこれも稀有なドラマのように思えてくる。

さよなら20歳ーアイコンにまつわる諸々

0307 SZ

 

 

 

たくさんのことを吸収し、経験したであろう20歳を終える風磨くん。

グループ全体に春の兆しが見え始めた中で、デビュー以来4年間みてきた風磨くんの好きな場面、好きなお仕事を時系列で整理したくて、その日に向けて2年ぶりに試みたアイコンでのカウントダウン、個人的な備忘録です。

続きを読む

永遠ではない時を一瞬でも

J MURMUR MAGAZINE

中丸君の一万字を読んで思うところがあったので。

続きを読む

カラフルなはなし

SZ MURMUR
カラフルeyesが発売され早ひと月が経ったようです。
店頭に並ぶ五人が嬉しくて嬉しくてしょうがない。と同時に、どこか冷静に、冷めた感覚で受け止めてた自分もいた。いろんな気持ちが混ざってマーブル、良くも悪くもカラフルな感情たち。それに自分自身がどうも困惑してしまって、うまく言葉にもならなかったんだけど、なんとなくその困惑の正体が見えてきたような気がする。
ひとつは、生で見てないこと。まだ実際に五人が横並びしてるのを目にしたわけではないのは大きいかもしれない。セクセカの時、名古屋初日、五人が同じところからSexy Zoneとして飛び出してきた時の光景が今でも忘れられないくらい嬉しかったから、逆にまだ見てないことに何も言えないのかもしれないと思う。
次に、これが本来あるべき姿でしかないということ。散々3人体制にあれこれ言ってきてどうかなと思うのだけど、それは私にとってSexy Zoneが今も昔も5人いて初めて存在し成立するって感覚しかなかったからだったんです。3人でSexy Zoneと言われても、それは私が思うセクシーゾーンじゃないぞと。それをユニットとは思えないよ、と。だから、今の状態はあるべき姿が表面化したというそれだけでしかないから、特別あーだこーだ言うより、これが当たり前だよね!って納得しているというか。うんうんと頷き嬉しくそれを見たいと思える。単純にそれだけなのかなって。
それから、時間的内容的断絶にどう追いついていくかということ。これは完全に私側の問題。特に一昨年7月以降、いろんなもの、雑誌類やラジオを追えなくなってしまった。あまりにも見てられなくて。その分、取りこぼしてしまった情報が沢山ある。その間彼らそれぞれどんなことしたか、どんな過程を辿っていたか全然わからなくて、焦った。特にけんとくんに対して分からなさが大きくていまも正直焦ってる。風磨くんが年末の紅白リハ時のコメントでファンには時間が止まったような感覚を与えてしまったけどそれでも僕らは進んでたみたいなことを言っていて、時間が止まった感じ、まさにその通りだったからああそこから目を逸らしてしまったのかと後悔したと同時におたくの繊細な感覚をそこまで表現できる風磨くんをまた好きになってしまった。

そして、カラフルeyes。
草津ツアー、可愛かったけどカラオケのシーンがぎこちなくて観てて苦しかった。うーんあれはうまく言葉にできる気がしない、、、けど、とにかく見ててつらくなってしまうような瞬間を見てしまった気がして。複雑な気分になってしまった。いつかこれも言葉にできればいいな。

そうだ、風磨くんが薔薇日々で、可哀想な奴は誰一人いなかったと強く言ってくれることは途轍もなく嬉しかったです。この3年以上に渡る仕打ちのことを私は仕打ちと呼ぶしつらかったのも事実だけど、そこから復活しました涙涙の美談ですっていう風な売り方にはならないでほしい気持ちもずっとあって。それじゃあまるでその期間が安売りされるというか、その期間の『マイナスさ』を『必要なもの』として肯定することになってしまうから。だから、風磨くんがこう言ってくれたのは、めちゃくちゃ嬉しかった。マイナス性の肯定じゃなくて、はじめからプラスの影響を生む時期として肯定することで、逆にそんな美談にする隙を与えない、完璧だと思う。可哀想という言葉は、現状のマイナス要素を認めない限り出てこないから。たとえば2人が可哀想という認識は三人が一つのユニットであるという事実を認めた上ではじめて出るわけで。だからふうまくんのこの主張、本当に好きです。

いろいろインタビューも出て、テレビジョンカラーズなんてむしろそうちゃんが3人きつかっただろうなみたいなことを言っててこの子はどこまで優しく清いのだと感動しました。

ただの幸せと受け止められない自分の捻くれ具合に嫌になるけど、でも実際のところ幸せの密度はかなり高いし、ツアーでいいものがみられたらめちゃくちゃ幸せになれると思う。なんだかんだちょろい。ただ、いまの風磨くんの姿勢がどれだけ好きかという話ときっとすぐに忘れる葛藤の話を書いておきたかったのですっきりしました。よっしゃ寝よう!!!

いつか“あの夏”になる“この夏”の話

CONCERT SZ

風 is a Doll?にいってきたよ!!
の感想詳細Ver.
読みやすさとか何も考えず、思ったことをすべて書き連ねて行ったらこうなりました
ちょっとずつ書いていったので文体もばらばらだしw
最後に行くにつれて暑苦しくなってくるのはリアルさを重視しているということでひとつ。


やっぱり風 is (an) Idol!でした。

続きを読む