歴史に立ち会った日のメモその1

世の中、生きてる界隈の中で問題が起こってたらトラブルが発生していたりということはままある。それは秩父宮であったり、たまアリだったりするけど、当事者になるということはなかなかない。なかったはずだけど、当事者になった初めて。そう、プリライ6thに行ってきました!なんかもうめちゃくちゃ楽しかったです。

 

色々不思議なことが起こった1日目は、髪の毛を可愛くしてもらって、ピザを食べて、池袋で7月のイベを発券してまさかの列を引いて震えたところまでが第1部。ここまでは至って順調だった。特急に乗ろうとしたら、まさかのチケット行方不明。友達には探しに帰ってもらって、私はなんとかして入れる方法がないかを探すためにひたすら検索、現地に着いたら係員を見つけて相談することを決めて特急に揺られていた。キンプラ舞台挨拶の当落でひやひやしながら、無いって連絡があった直後に電話がかかってきて、路上で落し物として手渡されたというミラクルすぎる連絡。たぶん、音楽のミューズとかの仕業だと思う。一安心でリストバンド列に先立って並ぶ。が、列が進まない。並んでるというより人が群れていて、暑い中ぎゅうぎゅう。時間も迫っているから、みんな心の余裕がない。16:30をすぎて、すこししたころ、中から歓声が。係員はまだ始まっていないので走るなと言い、残された我々は何が起きているのかわからない。とにかく、ほぼ最後尾に近かったけどそれでもまだわからなかった。一度歓声が落ち着き、無音が戻る。まだ待ってくれてる、私たちはいつあそこに入れるんだろう、わからない。何もわからない。そうこうしているうちに、ほんとに大きな悲鳴と、音楽が流れ、特効の音がして、始まった。時計は17時をさしてた。始まってしまった...なんとなくその事実と、あんなに「ピース!」ってやりたかったのにできなかった悔しさで真っ白になった。列はまだまだひとだかり、なかなか前に動かず、正直、リストバンドつけて中にいるビジョンが見えなかった。私たちは、たまたまその前にチケット行方不明問題っていうSSSレベルの課題を解決してるので、入れるという自信の元でそこにいること自体奇跡のような感じがして、ある意味冷静だったけど、そうこうしてるうちに、一曲目が終わり二曲目が始まった。リストバンドつけ終わって、目の前をかけてるひとたちが走りながら「カッルッテットナイッ」やっててカルナイだと気づく。なんか、泣けてくる。けど、カルナイ歌うのも楽しくて、聴こえるベース音をもとに歌ってた。カルナイ終わって、それでもまだ前に進まない列に「楽しい話しよう」とヴィーノの夢乙女の話を始める。思いっきりネタバレしてたら、後ろみたら急に誰もいなくなってた(魔法かと思ったレベル)。急に列が動き出して、前へ前へと進めるようになる。いざ、グラウンドに入ったら、案外すかすかで人はそんなにつまってなかった。さっきまでの人の群れはなんだったんだろう。走ってリストバンド交換列に並んでる時、ふと「ツアー初日入って聡ちゃんいなかった福岡に比べればマシじゃない?」という話を口に出したら、それまで堪えてた涙が急に出てきてびっくりした。確かにあの時は本当に辛かった。もともと堪えてた泣きたい気持ちと、あの時の辛さが相まって、急にボロボロ泣いた。そこからすぐリストバンド交換ができて、また走ってドームまでいった。まもちゃんの曲の途中だった。トロッコあるからアリーナは入れなくて、アリーナ入り口で座って待機して、嶺ちゃんトロッコを最前で見た(棚からぼたもち)カルナイふたくみ終わって、やっと、やっとアリーナに入れた。チケットに書かれたブロックのところいくと、みなさんが「何番ですか?」ときいてくれてすごく優しかった。席に着いたらど真んなか中ののど真ん中だった。やっと私たちのプリライ初日が始まった。