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永遠ではない時を一瞬でも

J MURMUR MAGAZINE

中丸君の一万字を読んで思うところがあったので。



SMAP以降、デビューしたジャニーズグループは、半分永遠だと思ってました。
デビューは半永久の確約だと。だからこそ、バレーユニみたいにあったものを壊してまで組み直すという無茶をしてでも行う、それが「デビュー」なのだと。
だけど、そんなのただの思い込みだった。
それが年が明けて一週間くらいでまさに証明されました。
私は、私たちは、自分の好きなユニットの人数が安定しない中、常に堅固な形で存在するSMAPを常に羨ましいと思っていたしこんな20年後が欲しいとその渦中常に強く思っていました。理想であり目標だった。だけど、そんなSMAPですらこんなに脆い瞬間が来るのだとしたら、信じられるものなんて何もない。唯一信じられるものなんて、TOKIO兄さんたちのものづくりのクオリティくらいです。

ところで、SMAPよりもひと月半ほど前の11月24日、私たちはもうすでにある告知を受けていました。それは、KAT-TUNから、ジャニーズから、田口がいなくなるということ。今この瞬間もタイムリミットは刻一刻と近づいています。
そんなタイミングで、Myojoの一万字企画でKAT-TUNの番がまた回ってきました。

今月は中丸君。
そこには、十年後、笑って四人で会える?という質問に『四人じゃなくて六人で』と答える中丸君がいました。

ふと目に入った横に並ぶ五人の姿に、この六人でずっと一緒にやれたらいいなと祈りたくなるような瞬間があった。
だけど、デビュー前から六人の刹那性を感じてた。
だからこそ、後悔しないように毎回すべてを出し切ろうと思ってた……

これを読み、だからこそ当時あの六人に圧倒的な格好よさがあったのかと合点がいきました。だけどそれは逆に言えば、そんな存在だったその頃から今の未来の形はある程度決まってたということ。
あれだけのギラギラした魅力を放つ六人を好きになって未来を望んだのに、「ギラギラした魅力を放ってる」時点で実はそこには未来が無いことは決まってたのかもしれないと、絶望しました。あのギラギラが無ければ好きになってなかったけれど、あのギラギラを出さない六人なら今も続いていたのかもしれない。なんて、なんて皮肉なんだろう。いまさら何を思ってるのと思われるかもしれないけれど、あんなにハルカナ約束!って言ってたじゃん、あんなにKATTUN連呼してたじゃん。だけど、どちらも不安定だからこそ活きた永遠性だったのかもしれません。よくよく考えたら、あの頃から六人はちゃんと「せめて永遠ではない時を一瞬でも無駄にはしないとここで約束しよう」「きっといつか果ててゆく時と知りながら僕らは生きる」と歌っていました。その刹那性のなかで彼らは生きていたのだと、あの頃は気づけなかったけれど。
そんなことを考えるようになってしまった今、やっぱりとても絶望しています。

それから、メンバーがいなくなる時は身を引き裂かれるような痛みを伴うっていう表現がとてもリアルに響きました。
残された側にとっての気持ちを、私はあまりにも考えずに来てしまったけれど、この引き裂かれるような痛み、は実感として理解できる気がします。
あまりにおこがましいけれど。だけど、あの新曲発表会のレポをみたとき、確かに痛いと思ったし、ほんとうに真ん中から身体を裂かれるような精神の痛みが身体感覚になっていくような。だから、残された側のことそんな風にまで思ったことなかったなって。
哀しい気持ちもあれば、申し訳ない気持ちもあり、そんな中当のあかにしくんは呑気にジムに行こうとしてSMAPの生放送待ちの緊張をほぐしてくれたりするし、もう、わかんなくなってきました。

だけどやっぱり、十年後でも、何十年後でもいいから、笑って揃う六人の姿をいつかみたいと思ってしまうおたくのわがままを持ち続けて、これからも生きるのだと思います。